ダルベルギア属マメ科の植物、イーストインディアンローズのご紹介です。印度ローズの表記もあります。同種でインドネシアのジャワ島に分布するソノクリンも同じです。サルタンの時代にインドから持ち込まれた苗木を植林したと伝えられ、地味・育成条件により、同種ですが色彩が異なります。

インドローズウッドについて

特長

めったに出材しないインド・カシミールローズウッド。黒小豆杢の最上品ステッキ大曲り品

めったに出材しないインド・カシミールローズウッド。黒小豆杢の最上品ステッキ大曲り品

インドローズは、インドのほぼ全域及びスリランカ(セイロンにも植生されていましたが、近年は少なくなっていると言います)の乾燥、落葉樹林の中で特に川沿いの地に広く分布する材です。最大の材は、樹高40メートル×径2メートル近くの大径もかつて出材された記録があります。近年まで径60~80センチメートル平均の材が日本に輸入されていました。現在は、丸太製品の輸入はありません。径70センチメートルになるのにこの材は成長が遅く、約120年以上かかると言われています。

インドローズウッドは、戦後昭和30年代から丸太で輸入されました。その理由は、丸太からの乾燥が色上がり、割れを極力抑えられる事が利点だったためです(この意外な事実は、後でお話しいたします)。

ステッキ

産地による違い

インドローズウッドの柾目

インドローズウッドの柾目

インドローズウッドの板目

インドローズウッドの板目

ここに掲げたのは、インドローズウッドの柾目・板目に挽いた代表的(平均的)な色彩です。

写真①は、インド南部ダーツ山系を含むデカン高原地域より産出するローズ茶系を中心とした色彩です。

写真②は、インド中部ジャバルプルを中心に、マドヤプラデシ行政区内より多く産出するローズで、淡い紫色の中に濃い紫の縞目が多く現れます。

写真③は、インド北部ヒマラヤ側を中心に出材するローズで、濃い茶褐色地に黒紫の縞目がある色彩です。

もちろん樹齢にも左右されますが、南部・中部・北部では、これだけ色彩の相異があります。

インドローズの上杢目

写真④:インドローズの上杢目

インドローズの大曲り品の木地仕上り

写真⑤:インドローズの大曲り品の木地仕上り

インドローズの大曲り品のウレタンと漆仕上り品

写真⑥:インドローズの大曲り品のウレタンと漆仕上り品

写真④は、高樹齢林・径70センチ以上、200年生以上を中心に大径材から得られるインドローズの上杢目(じょうもくめ)品です。無傷、無欠点で雲が湧き出るような杢目です(カシミール・インドローズウッド)。

写真⑤は、インドローズの大曲り品の木地仕上り。

写真⑥は、インドローズの大曲り品のウレタンと漆仕上り品。

インドローズは、ウレタン塗りとなると、折角のローズの魅力に欠けてしまいます。出来れば、木地仕上りのワックス仕上の方が、見映えが違います。

杢目に強い主張の無い材は、ただのローズウッドになってしまい材がかわいそうです。

杢の魅力(カシミール・インドローズウッドステッキ)

インドローズの中でもめったに見られない杢

写真⑦:インドローズの中でもめったに見られない杢

見事に曲げた大曲りステッキ品

写真⑧:見事に曲げた大曲りステッキ品

写真⑦は、インドローズの中でもめったに見られない杢で、板目に正に小宇宙のような星空、オーロラを見ているようです(インド北部チャンディガール産)。

写真⑧は硬い材質でしたが、見事に曲げた大曲りステッキ品です。3センチメートル丸のシャフトに細かい杢目が走っています。艶の有る上の品は、拭き漆し仕上り品です。

このステッキは、ラカッポで持っている製品の中で1~2番です。杢目柄では極上ランクです。

ラカッポの製品で1~2番の極上ステッキ

ラカッポの製品で1~2番の極上ステッキ

私見、私はこの業界で45年以上になりますが、これだけの杢目は見た事がありません。この杢に出会った事に幸せを感じます。

よくある質問と回答

Q:インドローズ紫檀と言うのはどの材を指すのですか?

A:江戸の終わりまで、黒檀紫檀、タガヤサン、花梨紅木等の唐木は、当時中国との貿易により、唐船(とうせん)と呼ばれる船で特別に認められた建築現場(日光東照宮、京万福寺等)、今日でいう指物、楽器用として日本に輸入されています。重さでの取引で、斤(きん)600グラム、10斤単位での輸入です。

唐木は伝来物として、奈良時代に正倉院御物として伝わっていて、江戸の初期には京都桂離宮の材料として、東照宮造営工事でも使われ金沢加賀藩の建築資料内にも、唐木類の名があります。江戸中期では、京都島原の遊興施設等にも使われています。

特殊なケースとして最大の丸太は、京都宇治黄檗山万福寺の堂柱としてチーク材が用いられています。

特殊な例を除き、当時明治の始めまで中国経由の船便では、船の大きさ積載材の量等、小規模の輸入だった事です。この事は、材の本体の大きさを知らず、小量の材の良否を基準にした事、また当時中国では、現在の植物分類の体系化細分が出来ておらず、赤系の物は紅花梨紅木紫檀・印度紫檀・黄檀等分けたつもりでも、現在の植物上分類とかけ離れていて曖昧な分類でした(江戸時代終わりまで続く)。

この中国式の伝統的あいまいな仕分けを日本人が引き継いだのが原因とされています。

頭を整理すると、インドに生えている木は2つ、インドローズウッドはインドローズ、紅木(こうき)は紅木。名前も含めてこの2点です。インドローズの近種にソノクリン・チッソー(チツサル)があるだけです。

Q:インドローズが日本に輸入されたのはいつですか?

A:日本に輸入されたのは、戦後昭和30年です。なぜわかるかと言えば、日本で一番古くから唐木商を営んでいた篠田唐木店。場所は現在の東京都中央区京橋宝町です。創業は明治24年、当時東京には約10軒程の唐木店があったそうです。

このお店から20人近い銘木商の独立店が誕生しています。このお店の凄さは、開業来すべての納品・納材の内訳・材料名が日誌に付けられていて、当時の衣食住に関する物価まで書き留められている点です。終戦時も乗り越えて昭和60年まで日誌を付けられ、三越呉服店にひけを取らず、チラシ・月報・相場書をお得意様に出していた事です。

昭和32年7月7日に出された篠田銘木商報

写真⑨:昭和32年7月7日に出された篠田銘木商報

明治・大正・昭和は、端折りますが写真⑨は、昭和32年7月7日に出された篠田銘木商報です。ここに初めてローズ・シタンの床柱が出ています。この後、ローズの貼物のベニアや紅木紫檀の丸彫の柱の事も出てきますので、昭和30年に輸入された事を物語っています。

当時のインドローズ価格表

当時のインドローズ価格表

当時インドローズ正角床柱3メートル×12センチメートル角一本、本代金40,000円~60,000円と書かれています。(物価例、米:10Kg45円・コーヒー:50円・あんぱん:10円・ラーメン:40円・白黒テレビ:11,500円・掃除機:8,700円・冷蔵庫:59,000円)

当時、あこがれの家庭電器の”三種神器”冷蔵庫一台分の価格だった事がわかります。当時からインドローズが高かった訳です。

記載の日誌帳で他に分かった事があります。

いろいろ記事がありましたが年表にすると日本に入荷した材は、以下の通りとなります。

  • 明治39年:リグナムバイタ(船舶用)・チーク・オレゴンパイン
  • 明治41年:小笠原桑・ヤシ(ビンロージュ)
  • 明治43年:アッシュ・オーク・エルム・ウォールナット
  • 大正12年:マホガニー(ホンジュラス)

上記の内容で続きますが、樹種辞典に出典する際、エピソードと共に調べた事をお伝えします。

Q:過去に出会ったインドローズで印象に残る材はどのような物ですか?

A:昭和52年の話しです。私が京都での修業時代です。大阪銘木協同組合、昔は大阪市横堀の地に有り、その後、摂津市に移ったばかりの頃です。取引先に、吹儀東福田商店(ヤニ松専門店)という店が当時ありました。主人が道楽で、インドローズを多量に在庫していました。ある名古屋の御客様が、自分の家の台所一式をすべてローズでと言う話があり、カウンター材、キッチンテーブル、食器棚廻り一式総額1,500万円。巾90センチメートル近くのテーブルが400万円の商いの材を一同に並べている所、今で言う材に玉杢があり、淡いピンクの上品なインドローズの色彩で初めて見た材でした。価格と材の素晴らしさが今でも頭の中に残ります。

インドローズウッドのご紹介は以上です。続いてウォールナット(くるみ材)についてをご紹介いたします。

木族の会(樹種辞典)

ステッキの材料となる様々な貴重な樹種についてご説明いたします。

木族の会(樹種辞典)