紅木は、インド産の学名プテロカルブス・サンタリヌスと呼ばれるマメ科の植物です。ヒンディー語ではラル・チャンダン、英語ではレッドサンダーズとも呼ばれています。この材は、紅木紫檀としばしば呼ばれますが、紅木・紫檀は、産地含めて別物で、この言い方は誤解を招きます。樹高は10メートル前後で、径は30センチメートル平均です。まれに18メートル、径50センチメートル近くの材が出たそうですが、現在では大径材は見られません。

紅木について

分布

分布は、インド南部ガーツ山脈・マドラス西方のアンドラ州カッタバからヒンドブル(カルナータ州)に限定して生育していて、その他わずかながら北部クルーヌル、南部のノースアルコットにいくらか生育していると言われています。

紅木

紅木

  • ①は紅木の原木
  • ②は大曲り用の原材
  • ③は見事に曲がった紅木大曲りステッキ
紅木

ステッキ用に用意された紅木材

長い原木が無いため、ステッキ大曲り用1m50cm×3cm角は、何本も取れません。細い丸太が多く、長さも適寸が無く、製材時どうしても短尺材や寸法不足がどうしても出てしまいます。

紅木の三味線

日本では、紅木の三味線(楽器)が最高材と言われ、棹(さお)に虎目、胴(どう)にチヂミの有る製品は、音、艶とも一番と「木材ノ工芸的利用:明治45年大日本山林会発行」に書かれています。江戸時代(正徳年代)1711年に長崎に入港した唐船(からふね)年54隻の総量の中に、白檀黒檀、染料の蘇芳(すおう)と共に紅木の名があり、紅木11329斤(きん)。総量で約11t(トン)日本に入ったと記録されています。

江戸期の輸入元唐木屋(からきや)で名前がある店、江戸時代(寬永・正保)大阪堺から木屋長兵衛、西横堀五郎右衛門、京都唐木屋七兵衛、大津屋源兵衛、九左衛門。江戸では、和泉屋半三郎、亀屋清左衛門、その他唐木細工、指物師の名が5名挙げられています。この期の段階で、日本には約20軒近くの唐木を扱う店があったと言います。

ここで面白いのは、江戸期に入った物を古山(こざん)物と言い、それ以降入った物を新木(しんき)物とすでに区別している事です。また古山大木より取った物で、黒味を帯びていると言われ、新木物は紅色を多く含んでいるという、これ以外2種類を既に細分化して紅木を仕分けしている所に驚かせられます。

紫檀でも古渡り、中渡り、新渡りと称しますが、この時代から日本人が材を見つめ種別けをし、適材適所に材を選別していた”眼力(がんりき)”に更に改めて見つめさせられました。

三味線の用途は、明治期でも上杢材は不足していて、今でいう集成(剥ぎ合わせ物)が広く流通したと言われています。杢の有る材、三味線用材として1.2メートル、直径20センチメートルの丸太を基準に求め続けていた所に、材料が無くなるしわ寄せが来た感があります。短尺物は、彫像、玩具、器具の柄、額縁(がくぶち)材など、当時高価な丸太の使い道を片寄りすぎ、広く使われて用途を考える事を怠った(おこたった)事も起因します。

ステッキとしての紅木

紅木ではありませんが、床柱用に彫刻された丸柱

紅木ではありませんが、床柱用に彫刻された丸柱

我が身を置いた銘木業界でも、戦後を取っても紅木床柱3メートル材は流通でも10本内外です。そのほとんどは、丸彫(人為的に彫刻した物)がほとんどです。なぜなら、輸入される材が長さ太さの点で適寸法が無く、たまたま太い材30センチメートル前後以上の物が入ると大きさから床柱仕様になった為です。ラカッポでは、ステッキ用の貴重な材は何本かあるのみで、いくらかの在庫しかありません。紅木は現在インド国営で材の植林事業を展開していますが、ステッキ用材、ましてトチ(チヂミの杢の事を言う)の有る材を求めるとなると、今から150年は待つ事になる貴重な材と言えます。

よくある質問と回答

Q:紅木を挽くと鮮血が飛び散るような赤い挽粉が出るのは本当ですか?

A:この材を挽くと、表現的には鮮血が飛び散るように赤い挽粉が出ます。製材所では物めずらしく扱った材では無いので、同業者が見学に集まる程です。昔、日本に入った材も含めて、真偽を鑑定するには、品物の小口部分を荒いペーパー(No50・No80)で擦って出た粉を白い濡れた布巾に落とし込むとパーッと赤く染まるので、似た材(紫檀縞紫檀)などの判定にはこれが一番です。

紅木丸太を切断した小口部分(既に材の芯材は真赤です。)

紅木丸太を切断した小口部分(既に材の芯材は真赤です。)

Q:過去の紅木の輸出量はどれぐらいだったのですか?

A:インドがイギリスの植民地だった時代のお話しです。本国羊毛織物を染める染料を得る目的で紅木をヨーロッパへ輸出したのは17世紀後半から19世紀末まで続いたそうです。1877年~1882年のたった5年間を調べても紅木(根、幹、枝含む)16,000t(トン)を文字通り根こそぎ取って行なった歴史(正に白人の植民地、帝国主義の搾取の歴史)ですね。片や日本といえば、昭和10年まで年間10t(トン)未満だったと言われています。現在、紅木の分布地はもともと比較的狭い地域なので、大径材がまったく無い状態が続いています。インドの植物学者が、戦後この地に入って調査したところ、よくぞ紅木が絶滅しなかったのかが不思議なぐらいだ!!とレポートに書き残しているそうです。

最後に紅木(こうき)英名:Red Sandersの最後に「s」が付くのは、赤い木のグループをまとめた「s」で、イギリスは紅木以外の染料として、インドセンダン、インド茜(あかね)、インドスオウ、アラビアゴムモドキなど多くの植物を持ち去ったと言われています。「s」の謎が分かりました。

紅木(こうき、こーき)のご紹介は以上です。続いて黒檀(こくたん)をご紹介いたします。

木族の会(樹種辞典)

ステッキの材料となる様々な貴重な樹種についてご説明いたします。

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