長年在庫していた御蔵柘植(ミクラツゲの最良材・大曲りステッキ)

写真①:長年在庫していた御蔵柘植(ミクラツゲの最良材・大曲りステッキ)

柘植(つげ)は、柘(つげ)1字での表記もあります。日本の柘植(つげ)は、本州(山形県から北限とされる)以西に多く、四国、九州にも多く分布する常緑小高木(ツゲ属ツゲ科)の植物です。樹高1m~5m・径5cm~10cmが平均で、径30cm以上、自生地ツゲでは見られると言います。

柘植(つげ)について

特長

材は黄色を全体に帯びていて艶光沢が有り、美しい肌面を持つ材で、材質は緻密(ちみつ)で硬度が有り、昔より印材として多く用いられて来ました。江戸期には伊豆より出材される柘櫛と木曽路薮原(やぶはら)のお六櫛(ミネバリ・イスノキ材料)が有名です。

国内の産地

国内産地では、印材としての薩摩(柘)(さつまつげ)鹿児島県産・朝熊柘(あさまつげ)三重県産、江戸時代より伊勢参り土産物から発展した美術根付材が有名です。そして江戸で消費された伊豆八丈・御蔵柘植が特に有名です。

その他自生地が特別保護林・天然記念物に指定される地域があります。福岡県嘉穂郡甘木町江川”古処山”・長崎県対島下県郡”矢立山”・愛知県八名郡黄柳野(つげの)”甚古山”などです。地域の中の柘植材で、1000年を越える樹齢木もあると言います。

日本では国有種の本ツゲ以外、島特有の変種が数多く分布しています。また、ツゲによく似た葉形を持つイヌツゲ(モチノキ科)は別種で、ツゲ本種ではありません。

外国の柘植(つげ)

ヨーロッパを中心に(セイヨウツゲ、ボックス・ウッド)とも呼ばれ、イギリスからヨーロッパ南部、フランス、スペイン(ピレーネ山脈)、トルコ、イランまで。北は、コーカサス、カスピ海沿岸に分布します。昔より家具の寄木細工・象嵌材・チェス駒・バグパイプ楽器・バイオリン部材(ピネリー拓)は特に有名です。

アジア・アフリカの拓殖は、本種ツゲ科で無い木をボックス・ウッドと称して、ツキ板・家具材として現在利用されています。

この中で特に有名なのは、シャム柘植(タイ産)です。この種は、アカネ科クチナシ属の木ですが、日本のツゲの代用として、明治30年頃には、台湾ツゲ・シャムツゲが輸入された記録があります。戦後1970年代をピークに、1200㎥輸入されていましたが、現在は輸入されていません。

東アジアの柘植

日本を除く地域は、中国本土・朝鮮半島・台湾にヒメツゲ系の柘植材があり、中国では黄揚(ツゲ)の字が当てられます。南西諸島・沖縄・台湾には、タイワンツゲ・インカンキ・リンギと称する別種・固有種のツゲが分布しています。

御蔵島・柘植、ステッキとしての御蔵ツゲ

ラカッポで扱うステッキは、伊豆七島御蔵島柘植で製作します。江戸時代より、島の産物はツゲ材が大部分を占めていました。それは、女性が用いる櫛(くし)材です。明治に入って、柘植材と桑材の二つが、島の産物に成り変わりました。御蔵音頭にも、”島の名物ハァーツゲト、クワトヨ~”と謳われます。人が住める部分はわずかで、現在島民は300人です。家の近くまで急峻(きゅうしゅん)な山が迫り、森が深く一年を通して温暖な気候ですが、雨風が厳しい条件もかなり有り、育つツゲは、年輪を積んだ材が多いですが、長さが真直な材は少ないです。印材・駒材には、まったく問題ありませんが、ステッキが必要とされる1m50cm前後の長さが取れないため苦労します。ツゲ材は、植林が盛んですが、伐採等は入会(いりあい)制度が有り、組ごとに共同で作業します。島には火山湖、御代ヶ池(みょうがいけ)を中心に神の山地が10ヶ所有り、ツゲの植林地も広範囲には及びません。

様々な柘植(つげ)

写真②:様々な柘植(つげ)

写真②は、以下の通りです。

  • A:ステッキ材料の丸太
  • B:大曲りハンドル型まで長さは長くは取材出来ません。
  • C:櫛・将棋駒・ハンドル材用の短材

写真③は、1m80cm近くの材を割った1/2材です。中央にくねった芯筋があり、長材は一本(大曲り用ステッキ)しか取れません。

1m80cm近くの材を割った1/2材

写真③:1m80cm近くの材を割った1/2材

写真④⑤は、滅多に出ないチヂミ・小玉の良材・良杢材です。ラカッポでは、このクラスの杢の有る材より、ハンドル材を取材します。

滅多に出ない柘植のチヂミ・小玉の良材・良杢材

写真④:滅多に出ない柘植のチヂミ・小玉の良材・良杢材

滅多に出ない柘植のチヂミ・小玉の良材・良杢材

写真⑤:滅多に出ない柘植のチヂミ・小玉の良材・良杢材

よくある質問と回答

Q:柘植のステッキにまつわるエピソードはありますか?

A:昭和天皇がお持ちになったステッキの内、伊豆七島御蔵島より出材された柘植材の大曲りステッキを戦後愛用したそうです。この材を曲げ納めたのは、栃木県宇都宮市に、今でも工房を持つ(有)飯田製作所です。今の代の飯田和範氏のお父様の飯田敏正氏です。

末広の数に合せ、8本を曲げ、地元神社の神官(しんかん)のお祓い後、二本を宮内庁に納めたと聞きます。

戦前、昭和天皇が皇太子裕仁親王時代の1921年(大正10年)3月3日~9月3日までの6ヶ月間を用して、エジプト・マルタ・イギリス・フランス・ベルギー・イタリア・オランダ欧州歴訪をしました。当時帝国海軍戦艦香取・鹿島を従えての船旅です

当時の写真で見ると、イギリスポーツマスや市内見学時もお供の方々も含め、山高帽子に大曲りステッキ。それも全員です。イギリス人の一人は傘です。この時のステッキ材や、日本で揃えた物なのか?あらかじめ外務大臣を通じてイギリス等で用意した物かは不明です。昭和天皇の柘・御蔵産は、戦前から宮中叶器・調度品・お召列車等内装は全て、御蔵桑だったので、その御縁で御蔵の柘植材になったと言われていますが、今を持っても分からない事です。昭和天皇の弟君の秩父宮様は、スネークウッドでした。上皇様は、どんな材を用いられるか?興味を引きます。

柘植(つげ)のご紹介は以上です。続いて籐(とう)をご紹介いたします。

木族の会(樹種辞典)

ステッキの材料となる様々な貴重な樹種についてご説明いたします。

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