世界三大名木の一つ、マホガニー材です。マホガニーは、せんだん科の植物で、この名は西インド諸島の元々地名の一つと言われています。17世紀後半、イギリスにて英名マホガニーの名が使われました。その他、アマゾン地方(アグアノ)、スペイン(カオパ)、オランダ(マーボニー)、フランス(アカジュ)、ドイツ(マハゴニ)と呼ばれます。アグアノは、ブラジルペルーのアマゾンで用いられる現地語です。フランスのアカジュは、うるし科、塗料で有名なカシューの木を本来意味していた物が、伐採後マホガニーの原木の小口割れを防ぐ為に、この樹脂で養生材として用いられた為の名前です。

マホガニーについて

産地による呼び名の違い

ホンジュラス(ホンジュラス・マホガニー)、アメリカ(セントラル・アメリカン・マホガニー)、パナマ・ペルー(ヴイアン・マホガニー)と、産地・消費地で名声が高まった後、アメリカ市場では、ワラン材、フィリピン産をフィリピンマホガニー、アフリカ産(同じセンダン科)をサペリ、ティアマ・コシポ・ウルテイなどは、アフリカン・マホガニーと呼ばれ、本来の産地物は、本マホガニーと区別されています。

マホガニー

マホガニー

  • ①中南米産マホガニー原板
  • ②ステッキ挽きした材
  • ③大曲りステッキ仕立材

ステッキ

マホガニーは材として全般的に一流材として認めます。材面(ツキ板)としても杢、柾両方巾広材が取れます。また塗装による経年変化は、飴色を深くしたような色彩で、家具や船舶用の内装材にはもってこいという材に間違いはありません。しかし、ステッキとなると1m50cm×3cm丸にその材の良さを詰め込むには無理があり、”杢目の小宇宙”をテーマに謳うステッキ作りのラカッポとしては物足りず、不向きと考えています。作品としてはありますが、着色、ニス(シエラシク)仕上げに関して、今でも迷っている材です。

1960年代女性ボーカルグループシュープリームズ懐かしいですね。今でもソロシンガーとして活躍しているダイアナ・ロス。当時クリスタルボイスと歌声が素晴らしく、肌色がマホガニー色と讃えられていました。若い頃、なぜマホガニー色かわかりませんでしたが、今の明るい色のホンジュラスと違い、最初に発見されたキューバ含む西インド諸島産のマホガニーは、黒褐色のマホガニー材と言われます。だからマホガニ色の色違いを米国では知っていた訳です。

よくある質問と回答

Q:マホガニーの木はどんな木ですか?

A:樹高は30~40メートル、直径1.5メートルにも達する常緑高木で、メキシコ南部から中米諸国(コロンビア、ベネズエラ、ペルー、ブラジル西部)、南米まで広く分布します。材として成長が早い為、現在熱帯各地で植林運動が盛んで、街路樹にもよく利用されています。色の違いの流行もあり、西インド諸島のマホガニー(黒褐色系)が本物と言われ、ホンジュラス、南米マホガニーは、質が落ちると言われた時代がありました。しかし、現代では、色が明るく加工しやすい方が好まれ、ホンジュラスの名声が高まったと言われています。木材の利用は、高級装飾用材、家具、キャビネット、室内壁面材、ピアノの外装、楽器材はもちろん、船舶用内装材、ドア材にも使われています。

Q:マホガニーはなぜこれ程までに有名になったんですか?

A:南米における木材の歴史の中で、最も重要な事は大航海時代、新天地の発見とマホガニーの発見に集約されます。キューバ、西インド諸島に大径材の材から取れる巾広板、部材は、カリブ松と共に南米の中継地として、船舶の修理や新造船にピッタリの材だった事です。この時代15世紀始め、その後50年の間にドミニカ共和国サントドミンゴの教会大聖堂内に荒削りされた十字架が現存するマホガニーを使った例が一番古く、その後、本国に持ち帰った材が、フィリップ2世時代(スペイン)エスコリアル修道院の内装に、イギリスノッティンガム城の床、壁面材など、各国各地の城、修道院、教会の内装に使われた事です。

Q:マホガニー材が家具等有名になった理由は何ですか?

A:新大陸発見前のヨーロッパでは、家具に利用される材としてウォールナット、ナラ、ブナ、ニレ、カバ、トネリコが中心材でした。しかし、ローズウッド類、糸杉(いとすぎ)、マホガニ等が寄木彫刻材と曲線を有するキャビネット、椅子脚に充分耐えるだけの材の緻密(ちみつ)さがあった事で、家具の世界は今まで板厚の重厚な家具から、優雅な曲線を持った家具へと激変しました。また、この事ともう一つ変化があります。新大陸(中南米、インド、東南アジア)より、貴重な染料を得た事です。インド、すおう、ヴァンダイク、オイル、アルカンナの根等、新しく調合された色付材がニスと共に大きく進歩した事です(例:ウォールナット・マホガニーの楽器の仕上り)。

一人、人物を忘れてはいけない人がいます。マホガニーを家具の材料として目をつけたのは、イギリス宮廷臣下ウォルター・ローリー卿(きょう)です。大工を伴って40才(1594年)、南米ギアナに探検時、既にマホガニーを使った現地家具を見た時です。この事が後になって、イギリス、スペイン、ポルトガルなどヨーロッパにマホガニー材を伝えたとされる原点です。この人には逸話があります。当時エリザベス1世の馬車が止まり、女王が降りようとした時、地面に水溜りがあり、そこで自分の高価なマントを広げて、女王の足元を汚さなかったというイギリス判騎士道ですね。また、1584年、今のアメリカ大陸東海岸を探索航海時、東沿岸ロアノーク島を含め新天地寄港の地を当時未婚のエリザベス女王に因み、ベージニアと名付けたのが現在アメリカバージニア州になった訳です。

Q:マホガニーは日本に輸入されたのはいつ頃ですか?

A:記録に残っているのは大正13年ですが、明治の終わりには、アメリカパイン・シダー類と共に不定期で輸入されていたそうです。不定期だったのは、高価であった事と、色調が洋風建築向きだった事が起因します。入荷された多くは、船舶内装に向けられたと言われています(海外渡航定期船)。

マホガニーのご紹介は以上です。続いてマラッカ籐(とう)をご紹介いたします。

木族の会(樹種辞典)

ステッキの材料となる様々な貴重な樹種についてご説明いたします。

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