”美しき天然”という歌があります。明治中頃に作られた唱歌(しょうか)で、なぜか懐かしい”ジンタ”のリズムではじまります。「春は桜のあや衣」、「夏は涼しき月の絹」、「秋は紅葉の唐錦」、「冬は真白き雪の布」と歌詞が並びます。その中に「海辺ははるかに、打続く青松白砂(せいしょうはくさ)」も含み、これを日本の四季が神の匠の技で造られたと結んでいます。松は神が宿る木、祀(まつる)が語源とされ、古来より常磐木として尊ばれました。
今日、正月に歳神様を迎える為入口に、門松を飾る習慣があります。また厳寒季枯野の中でも風雪に耐え、絶やさず緑の葉を繁らせている姿に、日本人はけなげなさや生き方を勉び、心を引き付けられてきました。正に”青松・白砂”は一番の絵画として、人々を魅了する風景です。
目次
松(まつ)について
原産地
松は北半球の寒帯から亜熱帯に9種類あります。日本には、黒松、赤松、ハイマツ、五葉松、琉球松、朝鮮松の6種類の自生が確認されています。
ここではステッキ材として、主に黒松、赤松を取りあげてみたいと思います。
赤松と黒松の分布「松の木質は暖流で決まる」
- ①:暖流「日本海流(黒潮)」
- ②:暖流「対馬海流」
- ③:宮城県「塩釜神社」
- ④:新潟県「佐渡島」
昔から松は、暖流添いを買え!!と言われ、太平洋側では宮城県塩釜神社まで、裏日本は佐渡島までと言われています。赤色は全て赤松(女松の分布)、紺色は全て黒松(男松の分布)を示しています。
昔より有名な産地を分布図と付きあわせて見ていただくと、なるほどと思われます。赤松は現在でも”松茸”の産地とも符合します。
松の種類と産地「これだけの松の産地がありました」
松の種類と産地を一覧にまとめると以下の表の通りとなります。以下一覧表に書き出した松は、現在保護林や母樹としてわずかに残って名を留めているにすぎません。数が減ってしまった要因は、戦後の乱伐と松喰虫の被害です。また戦時中、陸、海軍より燃料(航空機、ゼロ戦)不足を補うため、”松根油(しょうこんゆ)”生産の奨励期があり、古い松伐採根を掘り出したり、幹に穴を空けたり、傷を付け樹液を吸いだした事も生息数の減少に拍車をかけたとも言われています。
黒松(男松、ヤニ松)
黒松(男松、ヤニ松)名称 | 生息地 |
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茂道松(もどうまつ) | 熊本県・水俣市 |
穆松松(むかさまつ) | 宮崎県・東諸県郡 |
山陰松(さんいんまつ) | 島根県・鳥取県 |
三河松(みかわまつ) | 愛知県・三河湾 |
沼津松(ぬまずまつ) | 静岡県・沼津市 |
道了松(どうりょうまつ) | 神奈川県・南足柄郡 |
水戸松(みとまつ) | 千葉県・茨城県 |
赤松(女松)
赤松(女松)名称 | 生息地 |
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日向松(ひゅうがまつ) | 宮崎県・大分県 |
霧島松(きりしままつ) | 宮崎県・霧島山系 |
滑松(なめらまつ) | 山口県・東部 |
大正松(たいしょうまつ) | 高知県・高岡郡 |
宇陀松(うだまつ) | 奈良県・宇陀郡 |
津島松(つしままつ) | 福島県・双葉郡 |
南部松(なんぶまつ) | 岩手県・北上山系 |
黒松と赤松の違い
黒松
黒松は赤松林とは異なり、日本列島の海岸線を這うように分布しています。主に昔から、海岸線から少し内陸部に入った所に多く見られます。前述の”美しき天然”に謳われている”青松白砂(せいしょうはくさ)”の風景は、千本松原で有名な静岡県清水市三保の松原が思い浮かびます。瀬戸内や北九州にも有名な松原があります。
黒松は別名ヤニ松と言われるだけあって樹脂が多いのが特徴です。男性的な杢目は、見える所(表材(おもてざい))として、床柱、地板、床脇、違棚、琵琶(びわ)など、玄関、敷台、廊下板等に需要が多いです。建築以外では、指物、茶道具、文机、お盆、刳物にも用いられ、ヤニ松のぐい飲みは、一個2~3万円します。また、指物の世界では、カンナのヤニ処理で、敬遠されがちですが、製作難易度が高く、松指物師はランク上に置かれます。人間国宝の方々の終着点は、やはり松といわれます。現在、巾広の長尺板・盤は、500万~1000万する材があり、大径材は枯渇の一途で、価格と共に貴重材と言われています。
赤松
赤松は、本州全域で産出されます。松茸が採れるのは、根付近に限られるので松茸の名産地と重複します。細い径の材は、赤松皮付丸太として、茶室等の床柱によく用いられます。内陸部山間部から産出される大径材は、伸びが良く年輪が均等の利点を生かして、縁甲板(フローリング)、羽目板、染材と建築材として多く使われます。ヤニが少ない事もあり、茶道具の名品の多くは女松材です。
黒松と赤松の交配種、相黒松(あいぐろまつ)、相生松(あいおいまつ)
黒松と赤松の交配種を相黒松(あいぐろまつ)もしくは、相生松(あいおいまつ)と呼ばれ、数量は少ないですが存在します。相生とは1つの根から2本の幹がある事を指し転じて、夫婦の仲睦まじい事の意味に使われます。兵庫県高砂市高砂神社に寄せて、能の中に有名な高砂の祝いの場面に出てくる松です。
用途
こちらは、ベッコウ色に輝く玄関下駄箱です。経年変化が楽しみです。
こちらは、オール・ヤニ松を使用して製作された茶箪笥(チャ・タンス)です。今では材料が揃わないと言います。
ステッキとしての松「黒松(ヤニ松)ステッキ」
ステッキの材料となる松は、やはり脂(ヤニ)分の多い黒松系に軍配があがります。黒松でも海岸線に添った防風、防砂林は、いくら大きな木でも傷やヤニムラを生じた木が多く、ステッキの素材として不向きです。内陸部のできれば谷筋に生えていて、一年を通じて適度に風が当たる木が、ステッキの素材として良いとされています。いろいろ各地の松を試しましたが、道了松(どうりょうまつ)、大雄山最乗寺境内林が一番でした。この松は、今の皇居新宮殿の造営材として使われました。残念な事に、林相帯変化により現存していません。古くに切った材料より、ラカッポでは十数本の在庫があります。松では珍しく笹杢目(ささもくめ)が生じ、何と言っても平(たいら)に、木全体に脂(ヤニ)が廻っている点です。地元では、黄色の濃い色彩なので、黄金松(こがねまつ)と呼ばれていました。松のステッキの最大の魅力は、使い込み経年変化として何とも言えぬベッコウ色、飴色に変化する事です。松は小さい物でも大きい物でも、脂(ヤニ)との戦いです。太陽や照明の光を通し、全体が琥珀色の箸でもぐい飲みでも数十万円の値を付ける理由が分かります。
以下は道了松(どうりょうまつ)の伐採風景です。
- 写真①:直径1メートルを超す材のトンボ(頂上部分の枝)が写っている当時店の番頭の杉林氏は、身長180センチメートルです。松の大きさが分かるかと思います。
- 写真②:亀肌。黒松の外皮は樹齢が高い程、亀甲型がはっきり大きくなります。
- 写真③:切った松の根の小口部分が黄金色に輝いています。写真右は運転免許取り立ての私です(昭和46年18歳)。
昭和24年千葉県木更津産の黒松です。直径3メートル近い大径材で運搬時は、何箇所か電線を持ち上げたそうです。手前の白シャツ姿は、雑誌”サライ”で有名な木挽、林似一(はやしいいち)の若い頃です。
よくある質問と回答
A:適合する材の難易度が高いステッキも含まれますが、建築材では長く幅の広い地板類はもちろん、中でも特に琵琶棚に使用する材が難しいです。まずヤニムラが無く、ヤニが均一でヤニがあり過ぎても無くても駄目です。しかも、木地仕上がりで使いたいとなると、畳一枚の半分のサイズとナメてかかると結局畳一枚分を支払う事になります(80万円~150万円)。国立京都迎賓館で、何気なく各所で使っていますが、プロの目で見ますと、さすがと皆さん驚嘆されています(琵琶棚はタテヨコ赤味で95センチから1メートル60センチ必要です)。
A:エピソードというか、面白い話があります。私が30代の頃、銘木業界若手の集まりで、月1回勉強会を催していました。”永平寺”で修業された曹洞宗のお坊さんで、仏教ではしない滝の業により、自然界(山、川、動植物)から魂の”三味”を得たという変わった方でした。木のお話しで”木”は利口な木と馬鹿な木があると言われました。利口な木の代表は、”松”だそうです。松は幹に薬袋、葉に印籠を下げていて、自分の体、幹となり、枝葉が傷付けられたり、折れたりすると、自分の薬袋を用いてヤニを傷口に塗るそうです。だから利口と言われる所以です。松の木を挽くと、やたらヤニ袋があるのは、それだけ傷を負った木であるといわれます。業界の若手は、考えた事が無かったお話でしたので、しばらくポカーンとしていた事を覚えています。では、馬鹿な”木”は、楠(くすのき)、イチョウの木だそうです。樹種辞典で出てきた際に、改めてお話いたします。
松(まつ)のご紹介は以上です。続いてマホガニーをご紹介いたします。
木族の会(樹種辞典)
ステッキの材料となる様々な貴重な樹種についてご説明いたします。
ステッキ専門店【ラカッポ】について
ラカッポは、おしゃれなステッキ製作を手がけ国内外のお客様からご好評を得ている東京新木場のステッキ専門店です。株式会社山安によってプロデュースされています。ステッキのあらゆるオリジナルデザイン、意匠(銀細工・象牙彫刻・宝飾)に到るまでオーダーメイドによる製作を承ります。アンティークステッキ、思い出のステッキの手直しについても修理を承っております。
お問合せ・ご来店予約
ステッキ専門店ラカッポは、お客様のご要望をお伺いさせていただきながらフルオーダーメイドでステッキを製作、販売させていただいております。ご来店の際は、事前にご来店予約をお願いいたします。また、ご不明な点などございましたらお気軽にお問合せくださいませ。みなさまのご利用、お待ちしておます。